Éd/zotérique

読書の備忘録

地獄の形は漏斗形

■かなり以前からダンテの『神曲』は課題図書のように見なしていたにも拘わらず、却ってそれがゆえかなかなか手を出せずにいたのですが、この度新訳刊行を機にようやく手にとってみました。現時点で、煉獄篇まで読破。

 西洋の歴史と文化を理解するうえでキリスト教は必須であると思うが、美術は好きな割にたぶん宗教としてのキリスト教に対して苦手意識があったせいか、なかなか手が出なかったのです(『聖書』も未読なんです……恥)。キリスト教文学なのに、なんで異教徒のウェルギリウスが出てくるの? とは疑問に思ってましたけどね……疑問を持ちつつも、追及さえせなんだというダメっぷり。本当に反省してます。結論からいって意外と面白いですね。フィレンツェや当時のヨーロッパの歴史(特に政治史)を知らないとわかりずらい面も多々ありますが、その点今回の新訳は微に入り細を穿つような懇切丁寧な解説がついているので、初学者にもわかりやすい。特に当時の皇帝派と教皇派の対立を軸に読み解いていく手腕は一驚に値する。

神曲 地獄篇 (講談社学術文庫)

神曲 地獄篇 (講談社学術文庫)

 

 ■教皇派と皇帝派 - Wikipedia

 アリギエーリ家が属していたのは教皇派のうち白派であり、ゲルフ(教皇派)内の黒派vs.白派の対立抗争の結果、ダンテはフィレンツェを追われることとなる(白派の敗北)。だが、教皇派とはいえ、ダンテ個人は皇帝ハインリヒ7世に理想の姿を見ていたらしく、皇帝派を擁護するような書き方をしている箇所が多々ある*1。ダンテは教皇庁による世俗権の拡張を非難しており、聖俗の完全分離を説いている。煉獄篇を先取りすると、「二つの太陽」のイメージにより、教皇権と皇帝権を同格のものと描いている。

 ■地獄の形態 

 表紙にあるようにダンテの地獄は逆円錐形、漏斗の形をしているが、澁澤龍彦によると『聖書』にある地獄を、具体的に描き出したのは西欧においてはダンテが初めてらしい*2

ダンテの宇宙の発生原因が、聖書の歴史的記述とぴったり一致し、おそらくダンテが西欧で初めて、螺線形の地獄の性格な構造を描き出した作家である(「螺旋について」) 

 地獄は全部で九つの圏からなり、最奥・最下層には堕天使ルシファー(ルチフェロ)がいる(ちなみに、彼が堕天した時の衝撃で反対側が隆起してできたのが煉獄。だから煉獄は山)。これは全宇宙の中心に地球があるとしたプトレマイオスの宇宙観にもとづいている。宇宙の中心たる地球のそのまた中心にルシファーがいる。澁澤の指摘にあるように、あたかもバベルの塔を倒立させたかのような形状をしている。

 この新訳の表紙の絵はボッティチェリの『地獄の図』(1490年)なのだが、どういう経緯でボッティチェリが描くことになったのかがぜひとも知りたいですね。まあ調べろよ、ってことなんだけど。

■そして、なぜか萌える

 ところで、暗い森のなかをさまよっていたダンテは「理性」の象徴であり、敬愛する詩人ウェルギリウスに出会い、彼の案内により地獄を経巡るわけですが、地獄の水先案内人ウェルギリウス先生が地獄初心者のダンテをなにくれとなく世話を焼いてくれちゃうのですが、ちょっと世話やきすぎじゃない? と思ってしまうほど。師弟萌えが好きなら妄想しちゃうことほぼ確実であると保証します。

神曲
読めば読むほど
師弟萌え

なんていう萌え川柳も詠んでしまいました。アホですいません。

本書それ自体の詳細なレビューについては、下記を参照のこと:

Éd/zotérique / 神曲 地獄篇 (講談社学術文庫) - メディアマーカー

こちらでは主に形式面について云々してます。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:チェーザレ』にもそういったエピソードが描かれていたと思う※要確認

*2:『胡桃の中の世界』